汎リズム論のための覚書
リズムは誰もが容易に理解できるものでありながら、その真意はなかなかに掴みどころの無い概念だ。言語・地域を問わず、リズムなるものは普遍的な共通認識のもと感受される。しかし、ときに高度な専門的意味合いや複雑な背景をもつ特殊な認識としても了解される。音楽、ひいては芸術、ひいては文化といったある特定のフィールドに収まらないような、広大な意味領域をもつ語彙として「リズム」を捉えるための思索。これを「汎リズム論」と呼ぶことにした。 - 2022.01.27
言説
言説
たとえば詩の韻律のリズム、絵画の筆致のリズム、呼吸のリズム、労働における身体的リズム、広く社会的・文化的流れとしてのリズム、生命や生活一般のリズムといったものである。その際リズムは、きわめて多様な仕方で、しかもそれぞれの領域において専門的な用語として語られることもある。
山下尚一, 『ジゼール・ブルレ研究:音楽的時間・身体・リズム』, ナカニシヤ出版, 2012, p.109
ただ一つの定義をリズムに当てはめることはできない。
山下尚一, 『ジゼール・ブルレ研究:音楽的時間・身体・リズム』, ナカニシヤ出版, 2012, p.109
H. Meschonnic, “Critique du rythme,” Verdier, 1982, p.122
リズムとはからだがそれに乗って動いてゆく、そのような時間秩序です。(…)建築や絵画のような空間像についてリズムを語りうるのは、その像を見ながら、われわれが動きつつ、その変化を感ずる場合に限られています。その像を全体として一目で見渡すようなとき、リズムはありえないでしょう。
佐々木健一, 『美学への招待』, 中央公論新社, 2004, p.137
藝術鑑賞のなかには、身体感覚によるところがあります。この感覚はリズムを生み出しますが、リズムとは身体の呼吸のようなものです。遠近法に代表される近代の美術が身体感覚を知らず、近代の美学がリズムの真実を捉えられなかったのは、身体を単なる物体と見るような哲学と相関しているに相違ありません。
佐々木健一, 『美学への招待』, 中央公論新社, 2004, p.138
二つの環境が出会うとき、それぞれは自分とは異質なものと向き合っている。両者共々、カオス、無秩序の危険にさらされる。ここで二つの環境がそれぞれ危機に陥りながら、それでもなお、他の状態へと互いに橋を架け、カオスに陥らずにノモスを形成するときにリズムが生まれるのです。
古賀徹, BOOKSTEADY Lesson.1 7/13 「ドゥルーズレッスン 差異と反復、リトルネロの論理について」, 2010
リズムとは「動いているもの、移動しているもの、流動的なものによって引き受けられる瞬間の形」であり、「文字通り『特定の流れ方』を意味するリュトモスは、固定性や自然な必然性を持たず、その結果として生じる『傾向』や『構成』を説明するのに最も適した用語だった」。
Le rythme c’est « la forme dans l’instant qu’elle est assumée par ce qui est mouvant, mobile, fluide […] » : « ruthmos signifiant littéralement “manière particulière de fluer” [était] le terme le plus propre à décrire des “dispositions” ou des “configurations” sans fixité ni nécessité naturelle et résultant d’un […]
Richard Leeman, "Rythme, flux, forme", Presses universitaires de Rouen et du Havre, 2013, p.143-147
Émile Benveniste, “La notion de “rythme” dans son expression linguistique”, Problèmes de linguistique générale, Paris, Gallimard, 1966, p.328
このようにリズムとは、「持続のなかで秩序づけられた諸運動の布置」となっていく。
山下尚一, 「リズム概念の語源について──アルキロコスと人間の倫理──」, 『駿河台大学論叢 第49号』, 2015, p.32
Émile Benveniste, « La notion de « rythme » dans son expression linguistique », Problèmes de linguistique générale, Paris, Gallimard, 1966, p.331
舞踏や歌唱を通じてであれ、詩作、絵画、彫刻、あるいは建築を通じてであれ、いずれにせよ、リズムを形成する者の立場からわれわれは事実を重んじるのか、あるいはただ傍観的にリズム現象と取り組む者の立場からそうするのか、ということはまったくどちらでもおなじである。傍観者としては、たんなる傍観者の立場を超えてリズムに心を奪われる(ergriffen)ときにのみ、わたくしはリズムを体験することができる。形成者としては、むろん韻律や拍子をあえて作り出そうとするわたくしの恣意によるのでなく、これまた感動(Ergriffenheit)によってのみ、わたくしはリズムを作ることができる。恣意の力が弱まり、リズム的脈動に乗ったときに、まさしくそういうときに、形成者としての独自の行為がやはりリズムを形成することだろう。
ルートヴィヒ・クラーゲス(杉浦實 訳), 『リズムの本質』, みすず書房, 1971(1923), p.101
われわれは、リズムが水波に認められると思っているが、はたしてリズムは水波に内在するものなのか、それとも、リズムは水波という現象によってただわれわれのなかにひきおこされるにすぎず、根元も処理法もわからない或る内的要求のために水波に転嫁されるものなのか、の問題はいぜん厳として未解決に終った。
ルートヴィヒ・クラーゲス(杉浦實 訳), 『リズムの本質』, みすず書房, 1971(1923), p.105
〔ギリシア語の〕rheein(流れる)に由来するRhythmus(リズム)を字義どおりに解釈するならば、流れるもの、したがって、不断に持続的なもの、であろう。規則の現象はたえず分節されてゆく系列の形態をとるが、系列は持続性に欠ける。巻尺の上に規則的感覚で引かれた可視的な線は巻尺という現象の持続性を中断する。規則的に並べて打たれた庭垣の杭は杭と杭の間の空間を間隙という形に変える。
ルートヴィヒ・クラーゲス(杉浦實 訳), 『リズムの本質』, みすず書房, 1971(1923), p.28
リズムは──生物として、もちろん人間も関与している──一般的生命現象であり、拍子はそれにたいして人間のなす働きである。
ルートヴィヒ・クラーゲス(杉浦實 訳), 『リズムの本質』, みすず書房, 1971(1923), p.21
拍子は反復し、リズムは更新する。
ルートヴィヒ・クラーゲス(杉浦實 訳), 『リズムの本質』, みすず書房, 1971(1923), p.57
さて、私たち人間のからだには無数のリズムがあります。そのリズムというものには二つの性質があります。その一つは周囲の環境の変化によって変わるという性質です。もう一つは周囲の環境と関係なく、宇宙リズム、早くいえば太陽系の持っている大きなリズムに関わっているものです。
三木成夫, 『生命とリズム』, 河出書房新社, 2013, p.130
身体をあらたに定義しなおしたうえで、リズムを感受するのは身体の全体だと考えておくべきかもしれない。
山崎正和, 『リズムの哲学ノート』, 中央公論新社, 2018, p.11
リズムを考える場合、この流動と抵抗の衝突はとくに重要であって、リズムが生まれるにはまず運動を流動へと導く抵抗が働き、そのうえでさらにその流動を堰き止める抵抗体が必要となる。反復、往復といった拍節運動を起こすには流動を逆転させる障壁がなければならず、その白雪を単位として完結させるには流動の粘性がなければならない。(…)なかでも壮大で感動的なリズムを感じさせるのは、地球上の生命の歴史えでゃないだろうか。(…)もし単一の永遠の生命というものがあったとすれば、それはそれなりに進化発展をとげて、切れ目ない生命史をつくっていたかもしれない。しかし現実には、新しい種を産むような大変化は一代の個体の内部では起こらず、必ず遺伝子を受け渡す親と子の交代を不可欠としている。生命史を遺伝する形質の流動の歴史と見るならば、ここでも流動は個体という鹿おどしに堰き止められ、その水受けを溢れ出すときに飛躍的な力を見せるだろう。
山崎正和, 『リズムの哲学ノート』, 中央公論新社, 2018, p.27
リズムという用語は常に誤って使われている。音楽には──楽句の中の小節の数──という意味しかないのである(G. Egerton Lowe, ”リズムとは何か What is Rhythm?” Musical Times, July, 1942)。
この最後の言葉は、クルト・ザックスの控え目な研究態度すなわち「リズムとは何か、それは謎であるとしかいえない。その言葉は、一般的な意味をもっていないのである」から見ると、おそらく知的エゴイズムの傑作であろう。しかし、玉石混交でなくて、神秘のヴェールをあばいて真理を見通しているような定義もいくつかあげてみなければならない。
1.リズムとは、秩序ある運動のことである(Plato)
2.リズムは、ある秩序によって置かれたアクセントの調和あるまとまりである(Aristides Quintillianus〔C. 100A.D.〕)
3.リズムとは、よく秩序づけられた運動のわざである(St. Augustine)
4.音楽のリズムは、鳴り響く音の運動の組織である(Ph. Biton, ”音楽のリズム Le rythme Musical”)
5.リズムの性質は、あらゆる運動の規則的、不規則的を問わず、周期的なものと定義できる(Margaret H. Glyn, ”音楽進化の理論 Theory of Musical Evolution”)
6.音楽のリズムは、持続を組織するものである(Maurice Emmanuel, ”ドビュッシーのユーリピーデのリズム Le rythme d’Euripide a Debussy”)
ポール・クレストン(中川弘一郎 訳), 『リズムの原理』, 音楽之友社, 1968(1961), p.1-2-3
書籍・文献
『リズムの本質について』
- Ludwig Klages, 1923
「リズムの構造」
- 中井正一, 1932
『Le temps musical: essai d’une esthétique nouvelle de la musique』
- Gisèle Brelet, 1949
『音楽のリズム構造』
- G.W.Cooper & L.B.Mayer, 1968
「Problems in General Linguistics - The Notion of “Rhythm” in its Linguistic Expression」
- Emile Benveniste, 1971
『Critique du rythme』
- Henri Meschonnic, 1982
『rhythmanalysis』
- Henri Lefebvre, 1992
「人間形成のリズム論」
- 三木博, 2000
『美学への招待』
- 佐々木健一, 2004
『ジゼール・ブルレ研究:音楽的時間・身 体・リズム』
- 山下尚一, 2012
「リズム概念の語源について──アルキロ コスと人間の倫理──」
- 山下尚一, 2015
『リズムの哲学ノート』
- 山崎正和, 2018
「ドラマ上演におけるリズム機構」
- 高師昭南, 1999
「リズムと形を巡るノート (2)」
- 丸川誠司, 2013
「オリヴィエ・メシアンのリズム論とベルクソン哲学」
- 古賀純子, 2002
「アンリ・マルディネの美学──絵画におけるリズム」
- 川瀬智之, 2012
「The Notion of "Rhythm" in its Linguistic Expression」
- Émile Benveniste, 1951
「眠りと思考──ジャン=リュック・ナンシーにおける思考のリズムについて──」
- 伊藤潤一郎, 2021
「ミクロコスモスとしての色彩環──ドローネーとグレーズによる1930年代壁画制作原理」
- 加藤有希子, 2003